AD時代のこと③

日テレのスポーツ制作班は、年末になると大きく2つのチームに分けられます。箱根駅伝チームと高校サッカーチームです。私はもちろん大好きな高校サッカーチームの方でした。

高校サッカーチームは、高校サッカーハイライトという番組の制作を担当します。世間的には認知度の低い番組だと思いますが、ファンの間では敗戦チームのロッカールームにカメラを入れて選手たちが号泣する様子を撮る「最後のロッカールーム」(だったかな?)というコーナーが有名です。ちなみに、サッカーファンなら誰でも知っている「大迫半端ないって」という名言(注:第87回高校サッカー選手権準々決勝で現日本代表FW大迫勇也率いる鹿児島城西高校と対戦し敗退した滝川第二高校の選手が、試合後のロッカールームにおいて、その試合で大迫が後方から来たロングパスをゴールを向いたまま後ろを振り向くことなく右足でピタッとトラップしてシュートを打ったプレーを振り返り、号泣しながら発した言葉。あまりにインパクトが強かったため、そのシーンはYouTubeで450万回以上再生され、「大迫半端ないってTシャツ」まで作られている。)はこのコーナーから生まれたものです。

高校サッカーハイライトでは、試合のハイライトと最後のロッカールームの他にもちょっとしたコーナーがあって、私のいた年には、「日本代表の原点」(だったかな?)というコーナーがありました。当時の日本代表だった中田英寿川口能活中村俊輔といった選手の高校時代の秘蔵映像などを紹介するコーナーです。Mステのスペシャルなどで、まだジュニアで誰かのバックダンサーだったころの嵐や関ジャニの映像を見るみたいな感じです。

私はこのコーナーを担当していました。コーナーのVTRの編集は、例によってディレクターと深夜に編集室にこもって行います。その日は、日本代表選手6、7人の秘蔵VTR(30秒から1分程度の短いもの)をまとめて編集することになっており、翌早朝に、完成したものをプロの編集マンさんに渡して次の工程をお願いすることになっていました(この辺りの作業手順についてはAD時代のこと②をご参照ください)。編集をはじめて2、3時間は、ディレクターと2人で談笑しながら作業をしていました。ところが、2人とも眠たくなってきてだんだんと口数が減ってきました。ディレクターがうとうとし出すと私が起こすということを何度も繰り返してなんとか2人で編集を続けていきました。しかし、あと選手2人くらいになった時、ディレクターは完全に眠ってしまい、起こしても全然起きない状態になってしまいました。

もうあと数時間後には完成させて編集マンさんに渡さないといけないのでピンチです。そこで、仕方がないので、私が1人でディレクターに代わって編集をすることにしました。編集機を使って編集をするのはディレクターの仕事であり、通常はADが編集をすることはありませんので、編集機を触るのはこの時初めてでした。もっとも、いつもディレクターの作業を横で見ていますし、機械の使い方自体はそんなに難しくないので操作に問題はありませんでした。

私が編集した日本代表の選手は、小野伸二中村俊輔の2名でした。当時、私は小野の大ファンでした。小野の秘蔵映像は、清水商業時代、後方からのロングボールを彼ならではの柔らかいタッチで簡単にトラップして、トラップしながらゴールキーパーの位置を確認して、ボールが地面に落ちる前にループシュート(ボールをふわっと浮かせてキーパーの頭上を越すシュート)をしてゴールを決めるというとんでもないプレーでした。前述の「大迫半端ないって」のプレーよりも 技術的に難しく創造性に富んだ、小野にしかできない、半端ないプレーでした。中村俊輔は、桐光学園3年生の時の、全国大会で見せたドリブルやシュート、学校のグラウンドでの夜のフリーキック練習の映像でした。実は、私も桐光学園出身で、彼が3年の時に自分が1年でしたので、彼の試合も見ましたし、練習もいつでも見れるという環境でした。母校の誇りである中村俊輔、当時大ファンだった小野伸二の秘蔵映像の編集はめちゃくちゃ楽しくて、あっという間に目が覚めました。彼らの映像を自分が自由に編集して、その映像が日本中に流れるのですから楽しいに決まっています。振り返ってみると、この時がAD時代で一番楽しかった瞬間でした。

翌早朝、ディレクターが起きると、私の編集したVTRをそのまま採用することを決め(時間もなかったので)、そのまま番組に使われました。私はディレクターになる前に会社を辞めていますので、編集作業の機会は少なく、あってもBSやCSの番組ばかりで、何10~何100万人が見るような地上波全国放送の番組の編集はほぼこの機会だけでした(まずはマイナーな番組の編集で経験を積ませ、慣れてくると大きな番組を担当するというのが通常の流れです)。この日のことがなければ、自分が編集した映像がテレビを通じて全国に流れるという経験、番組制作の醍醐味を味わうことなくテレビ業界を去っていたはずですから、この日寝てしまったディレクターに本当に感謝しています。

 

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